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資格よりも人の温かさに救われた――63歳・身体障害者が沖縄で見つけた本当の支援

エッセイ

結論:

東京から沖縄へ移住した私は、制度や資格に裏打ちされた支援ではなく、資格を持たない一人の人の自然な優しさによって、生活を立て直すことができました。支援とは、必ずしも専門性や肩書きだけで成り立つものでない。人と人の関係性の中にこそ、本質的な支えがあると実感しています。

理由:

もちろん、障害者支援において資格や制度は重要かもしれません。正確な知識や適切な対応は、安心して生活するための基盤になることも事実です。しかし一方で、制度的な支援には時間や手続きの壁があり、必ずしも「今すぐ困っている人」に寄り添えるとはかぎらないこともあります。
私が沖縄で直面したのは、まさにその「隙間」だったのです。移住直後は土地勘もなく、行政手続きにも時間がかかる。身体の不自由さに加え、慣れない環境での生活は想像以上に厳しかったです。そうした中で手を差しのべてくれたのは、資格を持たない、ごく普通の地域の人でした。
その人の行動にはマニュアルも報酬もない。ただ目の前の困っている人を助けたいという気持ちだけがありました。結果として、その支援はどの制度よりも迅速で、どのサービスよりもこころに残るものでした。

具体的な体験談:

沖縄に移住して5年が経ちある程度は沖縄の風習にも慣れ始めていた頃、日常生活の生活費のことでつまずいていました。特に困ったのはアルバイトをして年金以外でも収入を得て生活に困らないようにしようとしていましたが、面接10回しても障害者ということだけで採用にならず、結局は年金だけの生活費でこれからも質素に暮らすしかないのかと思っていました。インターネットのSNSでやっと見つけた仕事でわずか2,000円を手にして夜に買い物に車で出かけました。ガソリンがのこりわずかだということもわかっていましたがなんとか近くだから大丈夫だろうと出かけた帰りの家まであと1キロの地点でガス欠になりました。私の家は坂の上にあり、エンジンかからない車をどうすることもできないことは明白でした、そこで東京と違い街灯もあまりない沖縄の田舎村で車の保険会社に電話するも対応が悪く助けてはくれません、思いついたのは、私の本意ではないけれども障害者支援事業所に通所していたのでそこの女社長に電話して一時的にでも助けてもらおうと安易に思ったことが今から思えば間違いでした。

その日の夜は「いやいやながらも女社長は来てくれて私を家まで運んでくれましたが」
翌朝、地元の警官がきて、放置してある車をなんとかしろと公務員のくせにえらそうに言われて、
しかたなく、女社長に連絡しても仕事中だから他を頼ってくれと断られ、助けてくれたのは隣に住む長野県からの移住者の中村さんでした。

中村さんが路上に停めっぱなしの私の車があるところまで中村さんの車でつれていってくれて、ガソリンスタンドでレギュラーガソリン購入して入れてくれて私の車を家まで戻すことができました。

まさに、資格持っている偽装支援者よりも資格持たない誠実な行為に感無量でした。

あとは、思い出すのは、資格持っている支援を仕事にしている人は、規則規則と如何にも支援したくないように思えることが多々ありました。

こうして、建前では支援者のふりしていざとなったら、支援せずに突き放す資格者っていったいなんだろうと障害者は、思います。

助けてくれた中村さんからの言葉が今でも心に響いています。
「困った時は、お互い様だから」と笑うその姿に、私は支援の本質を見た気がしました。

まとめ:

沖縄での生活を通じて私は、「支援とは何か」を考え直すようになりました。資格や制度は確かに重要であり、それを否定するつもりはありませんが、しかし、それだけでは届かない領域があるのも事実です。
人が人を気にかけること。状況に応じて柔軟に手を差し伸べること。その行為には資格は必要ありません。
むしろ、形式に縛られないからこそ、より深く相手に寄り添える場合もあると思います。

63歳という年齢での移住は決して簡単ではありませんでした。身体の不自由さもあり、不安は常につきまとっています。
それでも今、こうして」生活を続けrされているのは、一人の「資格を持たない支援者」との出会いがあったからこそだと実感しています。
支援の価値は、肩書きでは測れない。これからも私は、その温かさを忘れずに、自分でできる形で誰かに返していきたいと思っています。



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